コンサルタントご紹介
御社の課題を洗い出し、課題に対し、経験に基づいたノウハウでサポートさせていただきます。
小学校から高校までテニス一筋
私が初めてフィットネスクラブに足を運んだのは高校生の頃。高校の部活動が提携していたフィットネスクラブでした。両親がテニスをしていたこともあり、小学校~高校までテニス一筋でスポーツ少年だった私は、高校時代はトレーニングの一環として時間があればフィットネスクラブに通うようになりました。そこでトレーニングをサポートしてくれるインストラクターという仕事に憧れ、私の育った岡山県には社会体育系の学校もなかったため、大阪の大阪YMCA社会体育専門学校に入学します。
大学時代から水泳インストラクターに従事
とにかくインストラクターという職業に憧れて勉強を始めたのですが、勉強だけでは物足りず在学中からスイミングスクールでアルバイトを始めます。
その後、アルバイトから社員登用され正社員として5年間働くことになりましたが、正社員として働きだしたことがきっかけでフィットネス業界への疑問も生まれました。これはある意味「逃げ」かもしれませんが、私はフィットネス業界の中で貢献するよりも違う形で今までお世話になったフィットネス業界に関わり、力になることがあるのではないかと考えたのです。
インストラクターから広告代理店へ転職
そこで当時働いていたスイミングスクールの支配人に直談判しました。支配人には引き留めてはいただきましたが、頑固な私は転職を決意。私の思いをストレートに伝えたときに紹介してもらったのが、そのスイミングスクールで取り引きのあった「マーケティングデザイン」でした。これが私とマーケティングデザインの出会いです。
私が入社した2004年当時のマーケティングデザインは、主にBtoC向けの販売促進を手掛けている広告代理店で、今のように特化した業種があるわけではありませんでした。フィットネスクラブの実績は少しだけという状態でした。
「これだ!」と思い、すぐにコンタクトをとって採用の流れに。これが26歳ぐらいのことです。
いただいた費用以上の成果を出すということにフォーカスして営業を
入社し広告営業を開始してから、もちろん辛いこともありました。しかし、念願のフィットネス業界の販促支援の仕事に就けた私は、出会う人もこれまで接点がない人たちばかりですし、仕事に関する知識も新しい情報ばかりでとにかく有意義に感じました。広告宣伝の意思決定をするのは多くのクラブは、支配人やマネージャークラスなのですが、広告代理店の立場はそこに力を添えられるのです。
当時、フィットネス業界に特化しているわけではなかったですが、私はとにかくフィットネス業界に深く携わりたい思いで、フィットネス業界に特化して営業をしていきました。それから約12年、今ではクライアントも1,000店舗に及ぶまでになりました。
当時は、とにかく「フィットネスクラブのお客様を増やそう!」という思いでやってきましたので、一つの目標に辿りついたとは言えます。しかし、多くのお客様とお仕事をし、それなりの実績も出てくると次はクライアントから我々への「期待値」は確実に高まります。
今は、その期待に確実に応えていくために、会社一丸となって、ノウハウや成功体験を共有し、それを「提案」という形に変えていくということに会社として取り組んでいることです。
また私個人としても、関わらせていただいている案件については、いただいた費用以上の成果を出すということにフォーカスして営業をしています。
私個人だけでなく、当社マーケティングデザインのこれらの活動を通して、一人でも多くの方がフィットネスクラブやスイミングスクールに足を運んで、結果として、地域の参加率を高めることが出来れば、これ以上の我々の幸せはありません。